●●●● No.9/美也様 ●●●●

Birthday present
「あっ!」
放課後の2年1組の教室。クラス委員長のたしぎが突然叫んだ。
「どうしたの?委員長」
別に躓いたり、転んだりしたわけでもないのに声をあげたたしぎにクラスメートのナミが振り返り声をかけた。
たしぎは日直の当番を書き直そうとして、黒板消しで日付を消そうとした所だった。
考え込んでいるたしぎにもう一度ナミが尋ねる。
「どうしたのよ?何か忘れ物?」
「え?……ええ、……忘れてた」
今日の日付。
11月8日――。
今週の土曜日は…ゾロの誕生日だ。
名簿でそのことを知ったときは、何かプレゼントしようと思い張り切っていたのだが、すっかり部活や学校行事に
追われ忘れてしまっていたのだ。
(ああ…バカ)
そもそも、プレゼントと言ってもゾロが何を欲しいのかさっぱり解らない。
ゾロの考える事といえば剣の事だし、強い敵と闘うときくらいしか嬉しそうな顔なんて見たことが無い。
いっそゾロに直接聞いてみようか?とも思ったが照れくさくてとても聞けそうにはなかった。
それでもそれとなくさぐるとか、街を探し回るとかいろいろ考えていたのに…。
たしぎは溜息をついた。
「おい。まだ、帰らねェのか?」
考え事でゾロが近づいて来たことに気づかなかったたしぎは間近でゾロの顔を見上げる事になり、思わず叫び声を上げた。
「キャッ!」
「…何だ?今日は風紀部の仕事ねェんだろ。帰ろうぜ」
「あ、あのっ、私…用事があって、ちょっと今日は…一緒に帰れない、の」
たしぎは口ごもりながら慌てて教室を出ていく。
とにかく、街を巡ってみよう。と商店街へ向かった。
アクセサリーが並んだウィンドウを眺める。
どんなものが好きなのかさっぱりわからない。
服とか靴は…高いなぁ…あんまりお小遣い無いしなぁ…。
ドン!
つい店先に気を取られていたたしぎは人とぶつかってしまい、足下にコロコロとオレンジが転がってきた。
「すみませんッ!」
慌てて拾い上げ、ぶつかった相手に渡そうと手を差し出すと買い物袋を抱えていたのは同じクラスのサンジだった。
「たしぎさん?」
「サンジさん」
サンジは『ケーキ屋バラティエ』のウェイターの制服を着ている。
「買い出しを頼まれましてね」
破けかかった紙袋に注意しながらたしぎの拾ったオレンジを受け取ろうとしていたが、どうもそれは無謀に見えた。
両腕には他にも袋が下げられていたし、たしぎはお店まで荷物を少し受け持つと提案した。
そう、聞きたいこともあったので。
「すみませんねぇ。わざわざ」
たしぎはふるふると頭を振って「あ、あの…サンジさん?」と切り出した。
「はい?」
「聞きたい事があるんですけど…いいですか?」
「はいv」
女の子のお願い事をするときの少し照れたような甘えるような声にサンジの頬が緩んだ。
「ゾロって…何が好きなんでしょう?」
「は?」
委員長のたしぎとゾロがなんとなくいい仲なのは同じクラスの者でなくても知っているし、たしぎを特別好きと
言うわけでないにしろ、目の前の可愛い女の子が他の男を想って頬を染めて見せるのはおもしろくないと感じ、
サンジは口をへの字に曲げた。
「今週末、ゾロのお誕生日なんです…。でも、何をあげたらいいのかわからなくて…。ゾロの好きなものとか
何か欲しがってるものがあれば…教えて欲しいんですけど」
サンジは眉根を寄せ少し考える。
ゾロが“好き”で“欲しがっているもの”は同じ男として容易に想像できたが、それはこのお堅い委員長には
言えないな。と思った。
「よく、…一緒にいるでしょう?」
一緒にいる。というのはルフィやウソップを含めたことを言っているのだが、確かに近寄りがたい雰囲気のゾロに
気後れすることなく話しかけていったのはルフィくらいで、以来なんとなく一緒にいることもあったが
大抵ゾロは寝てるか食ってるかどちらかで、趣味やプライベートな事など話したこともなかった。
最も…、そんな事を聞いたところで女生徒のデータに圧迫されている為、要らない情報として削除されてしまっただろうが。
「…酒は好きみたいですけどねェ」
「お酒?!まさか飲酒してるんですか?!」
「いやっ、…その、酒を使った…ケーキで」
「…ケーキ?」
たしぎが風紀部モードで訝しんでいることに気づき、あたふたとサンジは取り繕った。
「あ、着きましたよ。すみません、裏に回って貰えますか?」
『ケーキ屋バラティエ』は学校帰りの女の子達で賑わっていた。
その店の裏手、厨房のある方へサンジはたしぎを招き入れた。
ちょうど通りを隔てた路地に影が隠れるようにスッと動いた。
「アイツ…用事って…」
ゾロは2人が消えたドアを睨むように奥歯を噛みしめた。
「ケーキ?…ですか」
荷物を運び終え、帰ろうとしたたしぎにサンジが提案したのは“バースディケーキなんかどうですか?”だった。
「でも、男の人って甘い物はあまり食べないんじゃ…」
「そんなことありませんよ。手作りなら甘さも控えめですし、お酒をたっぷり使ったフルーツケーキだったら
いいんじゃないですか?」
どうもお酒という部分に引っかかるものを感じたが、いいかもしれないと思った。問題は自分の腕前だが…。
「おれがレクチャーしますよ。学校帰りの時間ならここも空けられますし」
不安そうな顔のたしぎにサンジはやさしく微笑みながら言った。
「…え、でも」
「荷物運んでくれたお礼ですよ」
“ありがとう”というたしぎにフェミニストなサンジは笑みを浮かべて“どういたしましてv”と答えたが、
その後たしぎの腕前を披露(?)され、だんだん笑みがひきつったものに変わっていったのは言うまでもなかった。
11月9日
――放課後――。
「じゃあ、今日もお店でお待ちしてます」
軽く会釈してサンジが帰るのを見送りながら、たしぎは必要な材料をもう一度チェックした。
店にある材料を使っても構わないと言ってくれたがそうもいかない。場所を貸して貰えるだけで十分ありがたいのだ。
そんなに甘えてもいられない。
「たしぎ」
颯爽と校門から出ようとしたとき不意に名前を呼ばれた。
「ゾロ…」
「今日も…用事、か?」
「え、ええ。ごめんなさい…」
どことなく厳しい顔で問うゾロにうしろめたそうに答える。別に悪いことをしているわけでは無いが
“あなたにプレゼントする為のケーキの特訓をしに行きます”とは言えなかった。
ゾロの迫力に余計なことを口走ってしまいそうなのでたしぎは逃げるようにその場から去った。
たしぎの後ろ姿を見ながらゾロは拳をブロック塀に叩きつけた。
もちろん無事で済まなかったのはブロック塀の方である。
11月10日
『ケーキ屋バラティエ』に通うこと3日。たしぎはなんとかOKと言われるものを作ることに成功した。
プロであるサンジから見たらまだまだな代物であったが、一女子高生が作るものにしては上出来。という、お墨付きを貰った。
最もそれはサンジ特製のドライフルーツ(グランマニエやオレンジキュラソー、高級ブランデーなど
ブレンドした酒に木の実やフルーツを漬け込み1年熟成させたもの)を使わせて貰ったところに大きな要因があった。
「本当にありがとう。サンジさん」
店の外に見送りにきたサンジに向かいもう一度礼を言う。
「いいえ、よく頑張りましたね。…全く、そこまでして貰えるあの野郎が心底羨ましいですよ」
サンジのセリフにたしぎは俯き頬を染めた。
それからにこやかに手を振って、明日ケーキを渡すのにラッピングする袋やカードを買うためにその場を去っていった。
とにかくプレゼントが完成した事でたしぎの足取りは軽かった。
少し離れた所から2人のやりとりを見ている影があった。
ゾロである。
自分の用事を終え、なんとはなしに『ケーキ屋バラティエ』に足を向けてしまったのだ。
もし、たしぎが出てきたら今日こそ問いつめるつもりだった。だが、会話は聞こえなかったが出てきた2人、とりわけ
“俯いて頬を染めていた”たしぎを見てゾロは出ていくことを躊躇ってしまった。
(知るかッ!クソッ!)
舌打ちしてその場からたしぎが向かった方とは反対に去っていく。路地裏の怪しげな金融ローン会社の看板に
八つ当たりして、その後出てきた数人の男達と揉めたのはほんの余談である。
11月11日
ゾロの誕生日。――決戦の日。
たしぎの持っている紙袋には、苦労して作り上げたフルーツケーキとバースディカードが入っていた。
学校が休みの為ゾロのアパートに訪ねてきたのはいいが気恥ずかしくなり、たしぎはアパートの敷地内にも入れず
しばらくうろうろしていた。
(…大丈夫、よね。これ渡して"誕生日おめでとう"って言うだけだもの)
すーっと深呼吸して一歩踏み出す。
!!
足下を何かがすくった。バランスを崩したしぎはよろめいた。
「あっ!」
(ケーキ!!)
手元からこぼれた袋を目で追い、それをキャッチしようとして不意に体が抱き留められた。
たしぎの体は地面にぶつかる前に止まったがケーキの紙袋は放物線を描きながらゆっくり(そう感じた)地面に
落ちていった。パサッと紙袋がひしゃげるような音がしコロコロと中のケーキがこぼれ出た。
セロファンで包みリボンで結んで置いたがひとつはリボンがほどけ、石畳を転がって土の上に落ちてしまった。
食べ物が土にまみれている図というのはなんだか妙に切なく感じる。
「おい、大丈夫か?」
ケーキの行方に目が釘付けだったたしぎがようやく抱き留めてくれたのはゾロの腕で、足元をすくったのはその
アパートの管理人が引っ張ったホースらしい事がわかった。
「う、うん…ありがとう」
呟くように力無くたしぎは顔を伏せたまま答えた。
ケーキ…。中味が出てないのもあるけど、落としちゃったのなんて渡せない…。
一生懸命作ったのにな。
もう一度、作らなくちゃ…。
……今日中に。
泣きそうになるのをぐっと堪えてたしぎは俯いたままキュッと目を閉じた。
「お前が作ったのか?」
ゾロは袋からのぞいてるバースディカードを拾い上げ、それを眺めながら言った。誕生日を祝った記憶など随分
前に途切れていたし、このところのたしぎのおかしな様子が気になりすっかり忘れていた。
なるほど――とゾロの頭の中でたしぎの様子とサンジとケーキが繋がった。
「あ、はい。…ごめんなさい。すぐ作り直してきますから…」
おどおどとたしぎが答える。
「いい。これで」
そういって紙袋にこぼれたケーキを戻し入れ、中味の出たケーキを口に放り込んだ。
「ゾロッ!?」
地面は水まきされたせいで少しぬかるんでいる。
「なっ何で食べるんですかッ!!お腹こわしますよッ!」
「腹こわすようなモン作るなよ」
既に飲み込んでしまい(おそらく泥水を吸っているのに)なんのリアクションも見せずにしれっとゾロが答えた。
「そっそういう意味じゃなくて、そんな…土だらけになったのなんか…」
「ごちそうさん。うまかった」
ゾロのセリフに思わず涙がこぼれる。
「…あ、ありがとう」
「そりゃ、おれのセリフだろ?…それより」
プレゼントは嬉しいが、その為にこのところ一緒に居る時間が少なかった事に不満を訴えようとした。
勝手に誤解したのはこっちだがサンジのヤツと微笑ましそうにしていたことも腹立たしい。
絶対にコイツはおれに謝るべきだ。
「なんか、言うことがあるだろ?」
「あ…」
たしぎが思いついたようにゾロを見上げる。
「誕生日おめでとう」
そう言って、たしぎは嬉しそうににっこりと微笑んだ。
望んだ言葉はとは全く違い拍子抜けした顔をした後、ゾロは可笑しくなって笑いだした。
たしぎの細い肩を引き寄せ髪にそっと口づけをする。
だいぶ肌寒くなってきた風のなか、2人を包む空気がほんの少し暖かくなった気がした。
――Happy birthday―――