さっち様


居眠り


ふと目を覚ますと、空はいつのまにかオレンジ色の綺麗な夕焼けになっていた。

どのくらい鋼板で眠っていたのだろうか。
時間の感覚が麻痺した頭を左右に振ってゾロは大きく一つあくびをした。

海風が気持ちよく頬をかすめる。
潮のにおい。柔らかな夕日。

それを感じると同時に、自分の右肩にある重みに気付く。
綺麗な黒髪、ふせられたまぶたの長いまつげ、細い首。

たしぎだった。
たしぎはゾロの右肩にもたれかかって、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「何だテメエ。」
驚いて思わずのけぞりそうになったが、きっと仕事で疲れているに違いないと思い
そのままの体勢でいてやった。

ちっ。
ゾロは小さく舌打ちすると、その穏やかな寝顔から目をそらす。
見つめていたいけれど、まるで自分が盗み見しているようで気恥ずかしくなって
どうも素直に見れない。
思わず右肩がじんと熱くなった。
何で自分がこんなにドギマギしなくてはならないのか、ゾロは少し不満のある表情を浮かべて
空を見上げた。

雲一つ無い。
まるで自分の隣で眠るこの女の心のように澄みきっている。
美しい空。
そして美しい心。
自分はそんな女に惹かれている事を否定できない。
顔が親友に似ているからじゃない。
もっと奥深いところにあるものに魅せられたのだ。

ゾロは自然とやわらかい表情になった。
自分で気付かないくらい自然に。
そして静かにひっそりと優しいためいきをついた。


「ゾロ・・・・。」
隣のたしぎの言葉に思わずどきりとする。突然のつぶやき。
その甘い声はじんわりとゾロの体に溶けていった。
「寝言か・・・。」
いったいどんな夢を見ているのか気になるところだが、まあいい。
どうせマジメくさった夢でも見ているんだろう。
そんなことよりも、自分の名前を呼ばれたことにくすぐったくなって、
胸がいっぱいになって、ゾロは気持ちよく目を閉じた。
「もう一眠りするか。」


そのときだ。

「おーい、めしが出来たぞ。」

キッチンからコックの声が聞こえて、はっと我に返る。
ゾロはこのとき初めて自分が空腹であることに気が付いた。

そういや、もうそんな時間か。

ゾロは立ち上がろうと床に手をついた。
早く行かないとほかのメンバーに全て食べられてしまう。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・。
動けない。たしぎのせいで。

「おい、てめえ、いいかげん起きろ。」
ゾロは乱暴な口調とはうらはらに極力優しくたしぎをゆすった。
しかし反応は無い。
「おい。」
何度かゆすってみたが全て無駄に終わった。
まさかこのままここに一人ほったらかしておくわけにもいかない。

しょうがねえな。

ゾロは食事をあきらめて、その場に居座ることに決めた。
髪を優しく少し戸惑いながら撫でてみる。
やわらかい感触。
胃は満たされなくとも心は充分満たされた。
流れてゆく緩やかな時間。
夕暮れはいつのまにか夜に変わろうとしている。

 

- おわり。 -