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No.9/美也様
White flower (1)
とある島の街の中をゾロは歩いていた。
苦虫を噛みつぶしたように不機嫌な顔で目的があるのか無いのか、ただ黙々と歩き続けていた。
その日の朝、ゾロは寝坊して朝飯を食いはぐれた。
よくあることだが、キッチンへ行きサンジに食べる物は無いかと尋ねたところ、サンジはケーキ作りに余念が無いらしく朝飯抜きを言い渡された。
もちろんゾロは抗議したが、逆に“こんな大切な日にお前は何をしているんだ?”等とサンジに食ってかかられたのである。
「バレンタインデーのお返しをする日だぜ?お前にケーキを焼けとは言わねェが、花の一輪くらいあげてきやがれってんだ!」
サンジはボウルの中味をかき混ぜることに余念が無いらしく、しきりに手を動かしながらそう言った。
「…ちょっと待て。お返しもなにもおれは何も貰ってねェぞ。バカ言ってんじゃねェよ」
"クソコックの戯言に耳を貸してるヒマはねェ、飯が食えないなら陸に着いた事だしとっとと街へでも行こう。"
そう思いゾロはその場から立ち去ろうとした。
「とぼけんなよ、一ヶ月前どこぞの港町に出掛けてチョコレートの匂いさせて帰ってきたじゃねぇか。
あの子と会ったんだろ?…あのメガネの可愛い子ちゃんに」
「……メガネ…アイツか?…一ヶ月前?」
ゾロは立ち止まり思考を巡らせる。
…確かに会ったが、いつものように剣を交えただけだ。
口げんかして………それから、
…………ああ、アレか。
雨に降られて、アイツと近くの酒場に入った。
その時店のオヤジがやたら甘い酒をだしてくれたっけな。
そういやチョコレートの味がした。
………なるほど。
帰った後、こいつらがヒソヒソと話しながら薄笑い浮かべてたのはそういうワケか。
「バカバカしい。そんなんじゃねェよ」
不機嫌そうに言うとゾロは船を降りたのだった。
あの時の酒は確かにおれは文無しだったから、アイツに奢って貰った事になるが、アイツがそう頼んだワケじゃない。
オヤジが勘違いしてサービスしたものだ。
アイツだってそんなつもりじゃ無かっただろう。
そんなつもりじゃなかったモンをお返ししてどうするってんだ。
…そもそも、アイツは今どこにいるかわからねェんだ。
お返し以前の問題だろ。
闇雲に歩きながらゾロの頭の中は次第に"たしぎに会ったらどうするか?"でいっぱいになってきていた。
「………アホか!」
自分の考えに待ったをかけるように口に出す。
そして、ようやく周りの景色に目をやり、いつの間にか郊外に出てしまっていることを知った。
「…クソ、また迷った」
人に道を尋ねようと思ったが辺りは閑散としていて人っ子1人見あたらない。白い崩れかけた塀がずうっと続いているだけだった。
とにかくその塀に沿って歩き出す。…が、いけどもいけども塀は途切れなかった。
「なんなんだ!クソ!」
業を煮やしてゾロは壁に手を掛けた。
3m以上はあろうかという高い塀だったが、崩れ掛けた壁は手掛かりになる場所が多く比較的楽に登ることができた。
塀を乗り越え突っ切ってしまおうと思ったのだった。
中に人がいるなら道を尋ねればいい。
「よっ、と」
塀の上から顔を出したゾロは目を見張り息を飲んだ。
−ゴーイングメリー号−
「ナミさ〜〜ん、ケーキが焼けましたよ〜♪」
ケーキの焼けた良い香りとサンジのハートマークがキッチンから漂ってくる。
「うおー!!うまそーー!!」
いち早く手を伸ばすルフィをサンジが蹴りで牽制する。
「てめぇの分はねぇよ、クソゴム!今日は女性に贈る日だって言ってんだろ!全くどいつもこいつも」
サンジとルフィがケンカしているところへナミがやってくる。
「ん〜、いい匂い。さすがサンジ君ね。私、紅茶、少し濃いめでお願いねv」
「はい、ただいま♪」
少し春めいた気候にナミは薄手のワンピースに着替えて出てきた。ますますサンジのハートが勢いをもって飛ばされる。
「おいっ!大変だ!海軍の船が見えるぜ!!」
叫びながら入ってきたのは見張り台で双眼鏡を覗いていたウソップだった。
「早くずらかった方が良くないか?」
「だって…ログポースにログが溜まるまであと3時間は必要なのよ」
腕につけたログポースを指差しながらナミが答える。
「クソ野郎も船降りてるしな」
「いいじゃねぇか、見つかったら闘ってぶっ飛ばせばいいんだ」
笑いながらルフィは相変わらずケーキに腕を伸ばしている。
「でも、マストにSMOKERって書いてあるぜ…」
「「「!!!」」」
3人の顔に不安が浮かんだ。
−その頃−
ゾロは再び歩き出していた。
考え事をしながら歩いているのか前から走ってくる人影にも気づかない。
−ドン!!
慌てて走ってきた男がゾロにぶつかり、そのまま走り去ろうとした。
「……人にぶつかって挨拶も無しか?おい」
圧倒的な握力で肩を掴まれた男はその場でジタバタする。
「放せ!急いでんだ!」
「あァ?」
「待ちなさーい!!」
後を追ってきたらしい人影が男に気を取られていたゾロの脇腹に思い切り頭突きをかました。
正確には慌てて走ってきたせいか躓いて前のめりに倒れ込んだ。と言うべきか。
とにかくそれでゾロは地面に倒れ込み、男からも手を放してしまった。今だ!とばかりに男が走り去る。
「テメェ…」
「アイタタタ」
ゾロの脇腹、鍛え上げた筋肉は岩のようで(岩よりはいくらかマシだろうが)相当痛かったに違いない。
頭を押さえて呻いている相手が顔を上げた。
「!!……おまえ」
「ロロノア!」
先ほどからずっとゾロの頭の中にあった相手だった。
「しょっ…」
"勝負です!"と言って刀に手をかけようとしたたしぎの体を今度はゾロがタックルする勢いで担ぎ上げた。
「!!?」
そのまま走り出すと、元来た道を引き返していく。
「…なっ!何するんですか!放しなさい!」
しばらく呆然としていたたしぎがハッと我に返り慌てて叫ぶ。
ゾロも自問自答する。
(何をしてるんだ?おれは?)
自分の行動が自分で解らないくらいなのだ。他人に説明することなど不可能だった。無言のまま走り続ける。
そうして先ほどの白い塀の所にくるとたしぎを降ろし、ひょいひょいと塀を登った。
「待ちなさい!」
たしぎが塀の上に立つゾロに向かって拳を振り上げる。
「おう、待ってるから登ってこい。それとも手を貸すか?」
たしぎがムッとした顔でゾロを睨み付ける。
これくらい自力で登れる、バカにするな!と言いたげだった。
やや危なげに、それでもさすがに海軍で鍛えていただけあってたしぎが塀の上に手を掛けるまでそう時間はかからなかった。
ゾロは塀の内側へと姿を消す。
たしぎも塀の上に肘を乗せ、乗り越えようと思い切り弾みをつけた。
……と、バランスを崩したたしぎの体がよろめいた。
「きゃあ!」
落ちてきたたしぎをゾロが難なく受け止める。
うっかりゾロにしがみついてしまい、たしぎの顔が赤く染まった。
「危なっかしい奴だな…」
「あなた、一体何のつもりで…!!」
カッとなって叫ぶたしぎの言葉が途中で止まる。
ゾロがそうだったように息を飲んで目の前の景色に目を見開いていた。
一面の雪景色。
この陽気にそんな馬鹿なと目を凝らすと、それは白い花だった。
見たこともない白い花が咲き乱れている。
大木に小さな花が固まって風に揺られ、同じ花のまだ低木のものが地面から空を仰ぐように咲き誇っている。
風に舞った花びらが2人の髪や肩に舞い落ちる。
「きれい……」
うっとりとたしぎが口にする。
その言葉を聞いてゾロが満足げに笑った。
やがて、花に見とれているたしぎにゾロが少しづつ照れ始める。
知らず額に汗がにじみ出す。手に抱いた柔らかい感触をようやく実感してきたらしい。
こんな花の中にあっても消されぬたしぎの匂いが鼻をくすぐった。
(…しまった。これからどうすりゃいいんだ?)
とりあえずたしぎをその場におろせばいいはずなのだが、どうしてもそのように体が動いてくれなかった。
そうしてるうちにたしぎは我に返り、ゾロの首に回していた腕を思い切り突っ張る。
「おっ降ろしてくださいッ!!」
ゾロは降ろすきっかけができたことにホッとして、たしぎをその場に降ろす。
たしぎの頬が薄く染まっている。
「あ、あなた…なぜこんな所に?」
"私を連れてきたのか?"と聞きたいのであろうたしぎの問いも途中で途切れる。
ゾロも大弱りしている様がありありと解った。
辺りの白い風景は音を吸い込んでいくかのようにシンと静まり返っていた。
花が地面に舞い落ちる、そんな音さえ聞こえそうな静寂の中、
ゾロは
たしぎは
自分の鼓動の音が相手に聞こえてしまうのではないかと思っていた。
- 続く -