No.9/美也様
White flower (2)
白い花が舞い散る中、ゾロとたしぎはただお互いを見つめていた。
何で?
お返しとかそんなんじゃねェ。
ここを見つけたとき見せたいって思ったからだ。
誰かに……いやコイツにだ。
頭の中にずっとそれがあって、会った瞬間体が動いちまったんだ。
何でだ?
解るか、そんなモン。
気まずい沈黙が流れる。
「どなたですか?」
固まっている2人に白いドレスに長い髪をなびかせた女性が声を掛けてきた。
屋敷の住人だろうが突然の来訪者を訝しげに思う様子も見られない。
年の頃はたしぎより若干上に思えたが無邪気な微笑みが年よりも若く見せているような印象を受ける。
世間から隔離されたお嬢様といった雰囲気を醸し出していた。
「あっ!す、すみません!!けして怪しい者では…」
たしぎは慌ててぺこりと頭を下げる。女性は柔らかい物腰でにっこりと微笑んだ。
「ここにお客様がいらっしゃるのは久しぶりですわ。今、お茶を煎れますからどうぞ」
「はぁ…」
女性に促されるまま2人は庭園を歩き出した。
(何してんだ、おれは…)
白い華奢なカップに入った赤い液体を眺めながらゾロは目を細めた。
「ステキなお庭ですね」
「もう長いこと手入れしていなくて…見にくる人もいなかったんですのよ」
ブランシェ=ホワイトオールと名乗った女性とたしぎは早くもうち解けて和やかに話していた。
すっかり雰囲気は午後のお茶会だ。
「この花はなんと言うのですか?」
舞い散る花びらを眺めながら、たしぎが尋ねる。
「ホワイトフラワーと言います。他に名付けようが無かったのでしょうね」
女性はたおやかに笑いながら言う。
「花言葉は"My heart belongs to you"私の心はあなたのもの…。
昔は、男性が女性にプロポーズするときに必ず贈られた花なんですのよ」
−ブワッ!!
ゾロが思い切り紅茶を吹きだす。
「なんですか?ロロノア、お行儀が悪いですよ」
「おっ、おれはそういう意味で連れて来たんじゃねェぞ!」
「…は?あなたが花言葉なんか知ってるとは誰も思いませんよ」
たしぎはきょとんとした顔でハンカチを差し出す。それを受け取らず、ゾロは肩口で顔を拭った。
「…な、なら、いいけどな」
決まり悪そうにゾロは視線を外す。
そのギクシャクとした雰囲気を感じ取り女性が尋ねる。
「…あら、あなた達は恋人同士では無いのですか?」
「んなっ!ちっ違います!!」
間髪入れずにたしぎが答える。照れたのか怒りの為か頬が赤く染まっている。
その様子から2人の関係をそれとなく察して女性は微笑ましそうに目を細めた。
「……じゃ、おれは失礼する」
居心地が悪くなり、ゾロはその場を去ろうと立ち上がった。
「ちょっとお待ちになって。あなた達、海を越えて来たのでしょう?潮の香りがします」
「え?…は、はい。そうです」
「お願いがありますの。この花の種をどこか違う土地に行ったときに植えてくださいませんか?
できるだけ人の少ない土地に…」
そう言って女性は小さな袋を二つ取り出した。
「え、ええ。構いませんが」
あっさり受け取るたしぎにゾロも断る理由は無いと小袋を受け取った。
「ありがとうございます。あなた達の行く道が祝福されたものでありますように…」
目を閉じ、女性は手を合わせて祈る。どことなく悲痛な面もちに見えた。
「…ああ、じゃあな」
すっかり調子を狂わされ、苦笑しながら手を挙げて答えるとゾロは素早く塀を乗り越えていった。
ハッとしてたしぎがゾロの乗り越えた塀を登ろうとする。
「まっ待ちなさい!キャッ」
内側は表ほど塀に傷みが無いので登りづらかった。
ジタバタしているたしぎに女性がそっと声を掛ける。
「あの…、こちらの裏口からお出になってはいかがですか?」
女性がすぐ側にある木戸を指して行った。
ゾロにつられて人様の家の塀から出ていこうとした事にたしぎの顔が真っ赤になる。
「し、失礼しました。それでは、どうも御馳走様でした」
恥ずかしそうに、それでも礼儀正しくお辞儀してたしぎは戸を引いた。
随分長いこと開けられていなかったような重さを感じた。
女性は変わらずたおやかに笑いながら手を振っていた。
たしぎが振り返ったとき風がふき、女性の白いドレスを揺らした。
まるで風に舞う白い花びらにとけ込んでいくかに見えた。
――海軍の船
結局、たしぎはゾロを掴まえられず、スモーカー以下海軍がルフィ一味を見つけたのは既にゴーイングメリー号が
海原に乗り出した後であった。
「このバカ野郎!一味を見つけたらすぐ連絡を入れろと言っただろうが!!」
「すっすみません!!」
スモーカーの怒鳴り声に肩をすくめてたしぎが答える。
「…ったく」
ブツブツ言いながらスモーカーはたしぎの肩に目を止める。
「…雪?じゃねぇよな…花か?」
「あっ、ホワイトフラワーですね」
「…ホワイトオール家の廃墟に行ったのか?」
「ええ、…って廃墟?住人が居ましたよ。」
「あん?あそこの一族は全て亡くなった筈だ、それで屋敷も取り壊し、庭園を燃やすことになったって話だが」
「燃やす!?なぜですか!あんなに綺麗なのに」
スモーカーは新しい葉巻に火を付けゆっくりと煙を吐き出した。
「そのホワイトフラワーは特殊な抽出法で麻薬が出来るらしくてな、一般の流通はとっくの昔に廃止されている。
個人の栽培まではどうするか随分長いこと揉めてたらしい。そのホワイトオール家はこの島の地主でな、国側も
なかなか迂闊に手を出せなかったって事だ」
「麻薬…でも、それが目的で栽培していたわけでは無いのでしょう?」
たしぎは女性のたおやかな笑みを思い浮かべた。
「さぁな、軍や警察は大手の麻薬密輸組織と関係無いかやっきになって調べていたらしいな。
そうこうしてるうちにあらぬ噂も立ち屋敷は人が寄りつかなくなった。
一族が途絶えてしまった事を幸いと近く屋敷を取り壊し、花を一掃しようってわけだ」
たしぎは唇をキュッと噛みしめる。
「そんな…花には何の罪も無いのに……。」
言ってみても始まらない事だと解ってはいたが、たしぎはやるせなく呟いた。
「でも、私…確かにブランシェ=ホワイトオールと言う女性に逢ったんですよ?」
種も貰ったし…と言いかけてたしぎは口をつぐんだ。
「土地の人にからかわれたんだろう」
そう言ってスモーカーはくるりと背を向けた。煙がゆらりと空気に溶ける。
たしぎは紐をつけて首から下げておいた種袋を取り出した。
(……幽霊?…それとも本当に花の精?)
訝しそうに眺めたあと、たしぎはにっこり微笑んだ。
(どちらでもいいでしょう。きっとどこか遠くの土地に植えますね)
そう思いながら大切そうにそれを握りしめた。
□
――ゴーイングメリー号
同じ頃、ゴーイングメリー号の上ではヒソヒソと薄笑いを浮かべた内緒話が囁かれていた。
「……会えたのかしら?」
「多分、生意気に今度は花の香りをさせてきやがりましたからね」
ナミの問いにサンジがくわえ煙草でニッと笑った。
ゾロは甲板に寝転がり薄目を開けて空をみていた。
(次の島はコイツが植えられるような所だろうか?)
ポケットの中の種袋を握りしめ、ゾロは静かに目を閉じた。
瞼の裏に一面の白い風景と少し紅潮したたしぎの顔が蘇る。
風は微かに花の香りを運んできた。
――White flower
――My heart belongs to you
- END -