No.37/shiho様


あいつ。


偉大なる航路(グランドライン)に入って、8日。
グランドラインの始まりである双子岬で奴等の足跡を示す、鯨の頭に描かれた麦わらの髑髏(とても絵とは呼べない代物だが)を見て以来、あのふざけた小さな船は見つからない。
あの男は見つからない・・・
思い出しただけでも腸が煮えくり返る、あの失礼な男。
真剣勝負の場で女だからと手加減された屈辱。私のこの使命をせせら笑っていた、憎き男。
よりによって、この無法の時代で市民を危険にさらす海賊一味だと言う。
私が選んだ刀「三代鬼徹」と、ローグタウンの武器屋いっぽんマツさんの宝「雪走」、そして大業物「和道一文字」と刀を三本差す悪党。
許せない。許せない。あの男・・・
ロロノア・ゾロ。



私達のこの海軍最強の船の性能を考えて、どうやら7本の航路を選び損ねたらしい。
まあいい、どうせいずれ出会えるはず。あの男と。
考え事をしながら甲板で海を眺めていたら、底から突き上げる衝撃に足がもつれてつんのめってしまった。
眼鏡が宙を浮く。
デジャビュ。
あいつと初めて出会った時もこんな感じだった。
だけど今吹っ飛んだ眼鏡を拾ってくれたのは、同僚の海兵なのだけど。
礼を言って眼鏡を受け取りながら、私はあいつを思い出している。
町中で、一目で下賤な海賊と分かる2人組が、私に因縁をつけにきた。
上官のスモーカー大佐に捕らえられた海賊の手下らしい。
もちろん、受けて立つ。
動きが鈍い。まるでスローモーションのように私には見える。
気付くと体は動き、彼等は地面に寝ている事になる。
だが、ここが私のそそっかしい所なのだけど、切って体制が崩れたところに石に躓いて思いっきりつんのめってしまった。
眼鏡がない。
慌てて探している所に、眼鏡を差し出す手。大きくて無数の傷跡を持つ手。
それがあいつ、ロロノア・ゾロだった。



一瞬でも、あいつを素晴らしい剣士と感動した自分が呪わしい。
なんで、あんな奴を少しでも尊敬し、あんな剣士になりたいと思ってしまったのか。
胸が痛い。なんでだか。胸が、痛い。
私があいつに選んだ剣、「三代鬼徹」は妖刀だった。
それを知っても、あいつは剣を「気に入った」という。
必死でいっぽんマツさんと私が止める中、あいつはこともあろうに鬼徹を放り投げ、自分の腕を差し出したのだ。
腕が切り落とされてしまう、と息を飲んだ瞬間、鬼徹はするりと腕をすり抜けて床に刺さる。
腰が抜けて立てない私を置いて良業物「雪走」まで手に入れ、店を出る、あいつ。
忘れたくても忘れられない、あの出来事。
憎いと思っても、胸が泡立つ。
私は認めている。あいつは、どんなに卑劣な人間なのであっても、素晴らしい剣士なのだと。
あいつに勝つために、私はグランドラインを行く。
この泡立つ思いを消すために、この胸が熱くなって真っ白になる記憶を消すために。
あいつのことを、忘れたい。あいつなんて、この頭の中から消してしまいたい。
なのに、気付くと私はあいつのことを考えている。
あいつは私のことを「パクリ女」だなどとぬかすのだ。
あいつの死んだ友達・・・私と似ているという、女。
また、ちくりと胸が痛む。
この痛みは何なのだろう?
必死に忘れようと念じて、また頭が混乱する。
まるで私の心を表すかのように、グランドラインの気候もコロコロと変わっていく。
仲間達が、右へ左へ走り回る。
私も手伝いたいのだが、女だからと何もさせてもらえない。
私はどうして女のだろう?あいつに真剣勝負に手を抜かれる、この非力で弱い女。仲間はおろか、あいつにまで対等に扱われる事はない。
また頭が混乱する。
あいつのことを考えるといつもそうだ。だから、考えたくないのだけれど、頭は気付くとあいつとのことを再現してしまう。
雪が舞う、グランドライン。
さっきまでは暖かな春の風が吹いていたと言うのに。
グランドラインは、私と似ているな、ふとそんなことを考えて、何日かぶりに私は笑った。

 

- FIN -