No.37/shiho様


KISS


満月を写す波が静かに揺れる静かな夜。
今晩の見張りはナミとビビとカルー。男達は男部屋でだらだらとくつろいでいる。
男が集まれば、自然と女の話になるわけで。
サンジとウソップは目を輝かせ、ルフィは肉を頬張りながら寝ころび、チョッパーは頬を赤らめ、
ゾロはいつものように刀を抱えて隅に座っている。
「それで、その美女の瞳の美しいことと言ったら!悪魔のように微笑む彼女におれのファーストキスは奪われたようなもんだったな」
遠い目をするサンジにウソップがくっくっと笑う。
「みんなのファーストキスっていつなんだよ?」
ウソップの冗談半分の言葉に、一瞬全員黙り込む。


1、ウソップ
母が死んで1年。少年ウソップはいつものようにカヤの屋敷に行って嘘の冒険の大盤振る舞いをすべく、屋敷のぐるりの塀をよじ登っていた。
病弱なカヤの表情がだんだん明るくなっていくのが目に見えて分かるようになり、ウソップは少女の笑顔を見たくてよじ登る手足に力を込める。
力を込めすぎてバランスを崩し、柵にズボンのサスペンダーを引っかけて宙ぶらりんになっているウソップに花のような笑い声が降ってくる。
カヤだ。
ウソップはぱっと頬を染め、器用に身をくねらせて塀の柵を外して屋敷の中に降り立った。
「ウソップさん」
いつものように自室の窓から顔を出すカヤに、ウソップは定位置の樹にもたれかかって座った。
「よお相変わらず元気ねェな」
「今日はどんなお話?」
「今日はそうだな・・・」
いつものように、病弱のため外に出ることの出来ないカヤのために大げさな大風呂敷を広げて、冒険の話を聞かせる。
ウソップにとって至福の時だった。
だんだん力がこもってきて、立ち上がってオーバーアクションに話し始める。
「それでよ。その時おれはこう言ったのよ」
身を乗り出して話を聞くカヤに身を寄せささやく。
「おれを誰だと思ってる?おれは・・・」
身を退こうとした瞬間、さらに身を乗り出したカヤの唇に唇が触れてしまう。
全身を赤く染めて固まるウソップに小首を傾げるカヤ。
これがウソップのファーストキス。2、チョッパー
泣き虫チョッパーにいつも呆れるドクトリーヌだが、一度だけ優しくおでこにキスしてくれたことがある。
これがチョッパーにとってはファーストキス。(といってもキスしてもらった、というだけなのだが)
チョッパーだけの大切な思い出。3、サンジ
サンジのファーストキスは年上の女性と。
そのラヴアフェアはちょっと長いのでここでは省略(笑)
純情初恋だったサンジもその年上の彼女との恋に破れて以来、女に節操が無くなる。
そしていつも空振りに終わってしまう。4、ルフィ
結局、キスの話はそのまま立ち消えとなって、ルフィは欠伸をしながら甲板に出た。
ビビとカルーは船室に戻ったようで、ナミひとりが甲板で海を見つめている。
「よう」
ルフィの声にナミが振り返って微笑む。
「眠れないの?」
「いや・・・」
急に、ナミの唇に目が行ってしまう。ウソップがさっきあんな話をしたせいだ。
柔らかそうな小さな唇を初めて意識する。
思わず、その唇に手を伸ばす。
「何・・・?」
少し震えたようなナミの声にはっと我に返る。
「わりィ」
今度は頬を赤らめるナミの目を覗き込んでしまい、ルフィはまた頬を赤らめる。
淡く月光に染まる柔らかな唇。その感触が蘇り、ルフィは本能のままナミの唇に自分の唇を重ねた。
ルフィのファーストキス。
「ん?甘めェな」
「あ、さっきサンジくんが作ってくれた夜食食べたから」
「なにィ?」
「えーと、カスタードパイ。太るからって言ったんだけど」
「ずりーぞ、ナミ!」
またいつもの調子のルフィにナミは苦笑した。
「ちょっと残ってるからあげようか?」
「いいよ、こっちの方が」
とナミに軽くキスをした。
ナミは少し驚きながらもルフィの背中に腕を回した。 5、ゾロ
ゾロはサンジとウソップの会話を聞きながら大きな欠伸をした。
ばかばかしい。
だが、キスと言われて思い出すのはたしぎの困惑したその表情だった。
この前の寄港先で、またたしぎと出会った。
偶然のことでたしぎも一瞬ゾロに斬りかかることも捕らえることも忘れていたようだ。
「よォ」
ゾロが声をかけると、たしぎはその生真面目な性格通りの返事を寄こす。
「あ、こんにちは」
海軍が海賊に対して「こんにちは」だと!
ゾロは思わず吹き出してしまう。
「何が可笑しいんですか!」
「いやあ、今度会ったら俺を捕らえるって言ってたのによ、挨拶されちまうから」
「あ・・・」
ゾロの言葉にたしぎは頬を赤らめる。
「今日は時雨は持っていないのか?」
「はい。研ぎに出しています。今日は代刀です」
ゾロが海賊だと分かってもきちんとした話し方は変わらない。たしぎの育ちの良さがわかる。くいなも言葉遣いはきちんとしていた。
「お前、時間あるか?」
「どうかしましたか、ロロノア?」
「おまえの喜びそうなとこ見つけたんだが」
「え?」
「刀屋で業物売ってたぞ」
「そうなんですか?」
たしぎが拍子抜けするほど突っかかっては来ないので、冗談半分で誘ってみたのだが本当に行く気になっているようだ。
ゾロは驚きながらもたしぎと共に刀屋へ色気のないデートをすることになった。
「うわあ!」
たしぎが頬を染めて刀を見つめている様を、ゾロは不思議そうに見つめていた。
同じ剣士同士だが、ゾロにとって刀は実戦のためのものだ。くいなの形見である「和道一文字」は別だが。
たしぎの刀への愛情は、ゾロには理解出来ない。
「本当に素晴らしかったです。あの店、まだいろいろありそうですね」
店を出て、二人揃って歩きながらたしぎは興奮気味にゾロを見上げた。
小作りな顔、細い腕、きゃしゃな体躯。
このなりでなかなかの剣士だから驚いてしまう。
ふと。たしぎは女なのだと気づいてしまう。
くいなも女である自分を嫌っていたが、このたしぎも女の身を嫌っているようだ。
たしかに、最強を目指すには女である身はハンデが大きすぎる。
だが、女だからこそ・・・
ここまで考えてゾロは立ち止まった。
いかん・・・ここのところ女とはご無沙汰だったから、たしぎにまで余計なことを考えている!
急に立ち止まったゾロをいぶかしんで、たしぎが足を止めて振り返った。
大きな黒目がちな瞳を隠す眼鏡。意志の強さと優しさを表した引き締まった唇。
唇。ゾロはたしぎの唇を覗き込んだ。今日はいつもと少し違う・・・?
「おまえ、今日はいつもと違うか?」
真っ赤になるたしぎのその表情にようやくゾロは気づいた。
いつもとは違う・・・今日のたしぎは薄く化粧をしていたのだ!
そう言われてみると、今日のたしぎはどこかが違った。ゾロに会っても喧嘩を売らないし、服装もいつもと違うようだ。
ますますゾロは混乱する。
どうしたんだ、この女。
真っ赤になって俯くたしぎの顔を覗き込もうとゾロは少し足を曲げて体を曲げた。
そして、また淡くピンクに染まった唇を覗き込んでしまう。
今まで固く閉じられた唇の印象が強かったのだが、こんなにこいつの唇は柔らかそうなのか?
ゾロは思わず俯くたしぎの顎(おとがい)に手をかけて上を向かせ、綺麗に薄く化粧された顔を覗き込んで、そして小さな唇に口づけした。
ゾロは思い出してにやりと唇を歪め、また右頬に痛みが蘇ったように思った。
みんなはもう寝てしまっている。ルフィはどこかに出かけてしまったようでいない。(いつもの定位置だろう)
ファーストキスなど覚えていない。そんなものはどうでもいい。
たしぎの甘い唇の味ととろけるような表情と、体を離したときの困惑した表情とその後で襲った強烈な張り手・・・
ゾロにとっての今一番大切な思い出だ。
窓から煌々とした月光が降り注ぐ。きっとたしぎも同じ月を見つめているのだろうと思うと、ゾロの唇にまた、あの柔らかな感触が蘇った。

 

- FIN -