No.9/美也様


鶴の恩返し


昔々、あるところにロロノア.ゾロという一人の男が人里離れた家に住んでおりました。
ゾロは剣豪家でしたが最近では世の中も平和になり、日々の糧は少なく貧乏暮らしをしておりました。

ある日のこと、ゾロが夕暮れの山道を歩いていると一羽の鶴が罠にはまり、もがき苦しんでおりました。
かわいそうに思ったゾロは罠を外し、傷を手当してやると「もう二度と捕まるなよ」と空に離してやりました。

さて、それから数日後の雪が降る晩のこと、ゾロの家の戸を叩く音が聞こえました。
戸を開けるとそこには透き通るような白い肌と漆黒の髪の美しい娘が立っておりました。
「道に迷ってしまい難儀しております。どうか一夜の宿をお貸し下さい」
こんな人里離れたところで道に迷うのも変だと思いましたがゾロは快く娘を家にあげてやりました。
道に迷って難儀する気持ちは方向音痴な彼にもよく解りましたし、
何より"たしぎ"と名乗った娘がたいそう美しかったからです。
雪がなかなかやまず男もまた娘を引き止めるので、二晩三晩と娘は男の元で暮らしました。
いつしか2人は惹かれ合い、そっと誓いの杯で夫婦となりました。

しかし、相変わらず男は貧乏でした。
もう米が底をついてしまい、たしぎがそれを言うとゾロは腰に刀を携え、里へ行くと言い出しました。
「賞金首のひとつふたつ狩ってくる」
娘は慌てて男を止めました。
「お金の事なら私が何とかしますから、どうかそんな事はやめてください!」
とたしぎは必死でゾロを説得しました。

その日の晩。
「私はこれから機(はた)を織りますので、けしてのぞかないでくださいね」
たしぎはそう言って機織り部屋に籠もりました。
ゾロは不安な顔をしています。
何しろ娘は食事を作っても掃除をしてもおよそ手際がいいとは言えず、絶えず何かに
ぶつかったりつまずいたりと失敗を重ねていたからです。

(アイツ、機なんか織れるのか?)
心配げにゾロは部屋の様子を伺いました。

…トン、トン…カラ、リ、…トン、カラ
軽快とは言いがたい機を織る音が聞こえてきます。

トン、カラ……
ドンガラガッシャーーン!

(どんがらがっしゃん??)

「キャー!」
ドカッ!
「いたた!」
バキッ
「あああ〜〜」

とても機を織っているとは思えない騒々しい音と娘の叫び声にゾロは思わず機織り部屋の戸を開けてしまいました。
そこに居たのは半分鶴の姿をした娘でした。
部屋の中には羽が舞い、機を織っているというよりは機織り器と格闘しているようでした。
「ああっ!あれほど開けてはいけないと言ったのに、見てしまいましたねっ!」
男は娘の織った、多分布らしいものを拾い上げました。
雑巾よりはいくらかマシですが反物とは到底呼べる代物ではありません。
「気にするな。お前の作るものなら大体想像がついていたからな」
「布じゃありません!私のこの姿です!!」
羽をパタパタさせながら娘が叫びます。

実は男は娘の正体はあの時助けた鶴だということに薄々気づいていたのです。
(起きると布団の中に羽があったりするし…)
しかし、それを言うと娘が出ていってしまいそうなので素知らぬ振りをしていたのでした。
「実は…私は山であなた様に助けて戴いた鶴なのです。何か御恩返しがしたくて娘の姿に化けて来たのです」
娘はそっと涙を拭いました。
「さぞ驚かれた事と存じますが…」
(いや、気づいてたって…)
ゾロはそっと心の中で突っ込みました。

「正体がばれては、もうおそばにいることはできません。さようなら」
娘はきっぱりとそう言うと、全身を鶴の姿に変え空高く飛んで行ってしまいました。

「たしぎ!」
ゾロの叫びが鶴に届いたのか夕焼けの空に一声高く寂しそうな鳴き声が響き渡りました。


  □


数日後。
ゾロが山道を歩いていると、再び罠にはまってもがいている鶴を見つけました。
ゾロは無言で近付き膝を折ると「たしぎ」と呼びかけました。
男の呼びかけに鶴はビクッと身体を縮めました。
「たしぎだろ?」
あのときの鶴――娘だと確信はしていましたが鶴は姿を変えません。
「別にそのまんまでもいいけどな。戻ってこい。お前、まだ恩返ししてねェだろ?」
罠をとくと男は鶴の身体をそっと抱き上げました。

ゾロの腕の中で鶴は娘の姿になりました。
「私…何をすればいいんですか?…だって、機も織れないし…ごはんも満足に作れないし…」
たしぎはそう言って泣きそうな顔になりました。
ゾロが耳元で優しく何か囁くと、たしぎの体をぎゅっと抱きしめました。

雪がとけ、春になっても鶴はずっと男の側におりました。
相変わらず暮らしは貧乏でしたが、2人は仲良く、末永く幸せに暮らしましたとさ。


めでたしめでたし。



鶴の恩返し